夢の国ハワイの昔話

ハワイには長く口承されてきた昔話があります。ここでは、それらを少しずつご紹介していきます。

156 カアラとカアイアリイ:(10) 決闘が始まる

(前回からの続き )

大王がコウの木の日陰に座る

闘(たたか)いの時が、刻一刻と近づいて来ました(*1)。

 

大王は、葉の生い茂ったコウの木の下に、座りました(N.1) 。

かつてコウの木は、「高貴な木」とされていたのです。

 

 

しかし王族たちがいなくなると共に、かつて彼らの 「日よけ」だったその木も、次第に見られなくなったのでした。

 

2人の勇者がにらみ合う

貝を敷き詰めた滑らかな床の上には、ハラのマットが敷かれていました(N.2)。

マットの上には、四肢むき出しの勇者2人が、マロ一丁で立っていました(N.3)。

 

彼らは互いに、強い欲望と血に飢えて激怒した相手の胸を、熱い嫌悪の眼差しで撃ち抜きました。

そして相手を絞め殺そうと、両腕を思いっきり伸ばしました。

 

殴り合いが始まる

向かい合って立った彼らは、幅広く光沢あるブロンズ色の相手の胸を、互いに、ずっしりと重い握り拳(こぶし)で殴り続けました。

 

またある時は、顔を向き合わせてにこやかに笑いながらも、激しい殺意を感じては、相手を睨(にら)みつけました。

 

相手を威嚇(いかく)する<

それから彼らは、右足を前に出して右腕を高くかざすと、一息ついて鬨(とき)の声を上げます。

 

そして互いに、これまで如何(いか)にして相手に重傷を負わせ、ズタズタに引き裂き、そして殺してきたかを話すのです。

さらには如何にして相手の肉を、獣(けもの)に喰わせてきたかを話します。

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) コウ (Kou):

コウの木には、大きな卵型の葉がこんもりと茂るので、強い日差しも遮(さえぎ)られて、木ノ下の空間までは届きません。そこで、かつては日陰を作る目的で、海岸付近や家の周りにコウの木が植えられました。

(N.2) ハラ (hala):

ハラはタコの木属の植物のハワイ語名で、その学名は "Pandanus tectorius"です。

ハラの葉はラウハラ(lauhala)と呼ばれ、これを編んでマットが作られました。また屋根葺き材料として使ったり、籠や帽子を作ったりもされました。

 


(N.3) マロ (malo):

マロはハワイ語で、日本語で言う「ふんどし」のことです。かつてのハワイでは、このマロが男性の通常の装いでした。

 

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.

 

 

155 カアラとカアイアリイ:(9) カアラを襲う恐怖と愛

(前回からの続き )

カアラを襲う恐怖

可愛そうな乙女(カアラ)は、もとより残忍な剛腕者も意に介さない人でした(*1)。

 

しかしボーン・ブレーカーと言う、あの恐ろしい名前を聞くと、彼女は両手を組んで高く掲げて、全身で驚きを表わしたのでした。

と言うのも彼女はその男について、色々な噂を伝え聞いていたからです。

 

その男は、ちょうど彼女のように上品な、何人もの乙女たちの息の根を止めて来たのです。

そして激しい憎悪の念に駆られ、力尽きた乙女たちを踏み潰(つぶ)しました。

 

挙げ句の果てに、サメたちに向けて、彼女らを投げ捨てたのでした。

 

カアイアリイを愛す

このようななかで、このラナイ島の乙女はあのハワイ島の若き首長に、恋心を抱いてしまいました。

 

確かに、かつて彼は彼女の島の人々を、槍で突き刺しました。

しかし彼女の心を傷つけたのは、彼の目から放たれる、愛情溢(あふ)れる矢だけでした。

 

彼の方に顔を向けた彼女は、残忍で機敏かつ若々しい、愛(いと)しい人をじっと見つめて、こう言いました。

 

「あー、私のカアイアリイ!

どうか、私を愛する貴方(あなた)の情熱が、戦場での槍の突きと同じくらいに、真剣でありますように!

 

そして私を、あの血生臭い処女喰らい(ボーン・ブレーカー)から救って下さい。

そうすれば私は毎日毎日、貴方のためにイカを捕(と)り、また、カパを叩(たた)きましょう(N.1)。」

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) カパ (kapa):

「カパを叩く」とは、カパ布を作るために、その材料である樹皮を叩いて伸ばすことです(*2)。

かつてのハワイでは、あらゆる衣類はカパ布を加工して作られました。そのためカパを叩く作業は、女性の最も重要な仕事の一つでした。そして、たたき棒から出る音は、当時の社会では誰もが知る、お馴染みの音でした。

 

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.

(*2) Ralph S. Kuykendall(1938): The Hawaiian Kingdom, Vol.1, University of Hawaii Press, p.6.

 

 

154 カアラとカアイアリイ:(8) カアラは決闘で勝ち取れ!

(前回からの続き )

勇猛なカアイアリイ

カアイアリイは、数多くの虐殺者と同じように、見かけは立派(りっぱ)でした(*1)。

彼はライオンのように勇猛な心の持ち主で、肌はライオンのような黄褐色でした(N.1)。

 

カールした眉毛(まゆげ)の後ろからは、浅黒い上品さが放たれていました。

 

小ぶりで強靭(きょうじん)な彼の手は、ある時は敵の喉(のど)を締め上げ、またある時は、愛する人を優しく愛撫(あいぶ)しました。

また彼の目は、ある時は憎悪の炎で満ち、またある時は、愛の炎に満ち溢(あふ)れるのでした。

 

カアラへの激しい愛

そして今、愛の炎が、英雄の顔に一気に血を上らせて、赤く燃え上がらせました。

そこでカアイアリイは、彼が仕える大王にこう願い出ました。

 

「おお、このハワイのあらゆる島々を統治する大王陛下!

 

どうか、この甘い花・カアラを私にお授(さず)け下さい。

私の領土としてお授け下さったあの谷よりも、むしろ 彼女を頂きたいのです。」

 

カアラは決闘で勝ち取れ!

カメハメハ大王は答えて言いました。

 

「このラナイ島に咲くジャスミンの花を、お前に与えたコハラの谷に植えるが良い(N.2)。

 

しかしその娘については、「自分のものだ。」と主張する者がもう一人いるのだ。

そいつは頑強なボーン・ブレイカーで、体に戦いの傷跡があるマイロウと言う男だ(N.3) 。

 

だが、マウナレイで果敢に戦った我が槍の達人よ! 恐れることは何一つ無い、お前は奴と格闘するのだ。

 

そしてその格闘に勝って、彼女を両腕で抱きしめた者に、彼女を家に連れ帰ることを許すとしよう。

そこではきっと、1枚のカパ布が2人を覆うことであろう。」

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) 勇猛な心(lion's heart):

カアイアリイのことを、本文では 「勇猛な心の持ち主(with the lion's heart)」 と記しています。

この "lion's heart"という語は、かつて獅子心王(Lionheart)と称された、イングランド王・リチャード1世(1157-1199) を思い浮かべさせます。彼は在位期間10年の大半を戦争と冒険に明け暮れ、その勇猛さから騎士の模範と讃えられた、当時の英雄でした。

 

 

(N.2) コハラ(Kohala):

かつてハワイの島々は、各々、モク(moku)と呼ばれる複数の地区に分割・統治されていました。

モクはさらに、山頂から海岸に至る山の稜線に囲まれた、多数の谷に分割されて、各々をアフプアア( ahupua'a)と呼んでいました。

その中で、「コハラ」 はハワイ島北西部を占めていた、1つのモクの名称です。

そして本文で言う「コハラの谷」とは、コハラと呼ばれるモクの中にある1つの谷、すなわち1つのアフプアアを指していると考えられます。

 

 


(N.3) ボーン・ブレイカー(bone-breaker):

ハワイにはルア(Lua)と呼ばれる伝統的格闘技があり、その代表的な技(わざ)の一つが 「骨折(bone breaking)」、すなわち相手の骨を折ることです(*2)。

本文で 「ボーン・ブレイカー」と言っているのは、当人がこの技の名手だったことを示しています。

 

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.

(*2) M.K. Pukui, S.H. Elbert(1986) : Hawaiian Dictionary, Univ. of Hawaii Press.

 

 

153 カアラとカアイアリイ:(7) 二人の出会い

(前回からの続き )

そよ風がカアラのスカートを揺らす

あの「甘い香りの娘」 カアラには、まさか自分が悲惨な目に遭うとは、思いもよりませんでした(*1)。

 

というのは、まるで緑の剣の束のように彼女の腰から垂れ下った、ラーイー(ドラセナ)の長い葉を、遊び心に満ちたそよ風が、さらさらと音を立てて揺らせていたからです(N.1)。

 

 

そして、その葉がねじれたり揺れたりする度(たび)に、柔らかく円熟した体が見え隠れするのでした。

 

カアイアリイの心を奪う

その彼女の魅力が、ある男を惹きつけて、夢中にさせてしまいました。

 

彼は、大王に仕える勇者たちの中の1人でした。

この、彼女の魅力に心を奪われた男こそが、勇敢な若き戦士・カアイアリイでした。

 

血塗られた戦場の勇者

この若者はかつてマウナレイ、あのラナイ島最後の血塗られた戦い、に加わったことがありました。

 

筋骨たくましい両腕で、彼は長い槍を巧みに操(あやつ)りました。

そして逃げ惑(まど)う敵を、そら恐ろしい断崖の天辺(てっぺん)へと追い上げたのです。

 

さらに、追い集められうろたえ怯(おび)える、敵兵たちの悲痛な叫び声にも耳を貸さず、力ずくで長槍を突いては怒鳴(どな)りかかり、彼らを断崖の端へ追い詰めました。

 

そして彼らは遂に、あたかも恐怖に怯(おび)える羊(ひつじ)のように、深くて真っ暗な峡谷に飛び込んで行ったのです。

彼らの遺体は引き裂かれ、ギザギザに尖(とが)った沢山の石が、下方に撒(ま)き散らされました。

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) ラーイー (la-i or lāʻi) : 

ラーイー は植物の葉のハワイ語名で、その英名はティー・リーフ(Ti reef ) です(*2)。

そして、その植物の英名は "ti plant" で、学名は "Cordyline fruticosa"、和名はセンネンボクです。ハワイ語名は "kī" ですが  "ti(ティー)" と発音する人が多いと言われます。

なお、原文では "la-i(Dracaena)" と記されています。ここで、括弧内の "Dracaena(ドラセナ)" は 、"Cordyline fruticosa" の異名(Synonym)である "Dracaena terminalis" の、前半部分(属名)と考えられます。

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.

(*2) M.K. Pukui, S.H. Elbert(1986) : Hawaiian Dictionary, Univ. of Hawaii Press.

 

 

152 カアラとカアイアリイ:(6) この島はエデンの園

(前回からの続き )

島の暮らしは健康的

文明の波がこの島々に押し寄せる前、人々の生活は健康的で清潔でした(*1)。

 

彼らはいつも水浴びをしては、穏やかなそよ風を楽しんでいました。

ですから、しなやかできびきびした手足は、頑強でぴかぴか輝いていました。

 

輝く皮膚には花輪がお似合い

彼らは、衣服で気を揉(も)むことはありませんでした。

丈が長くて汗をかくガウンなどは、身に着けなかったのです。

 

それどころか、彼らの滑らかでピカピカの皮膚が、太陽の光を跳ね返していました。

この皮膚こそが彼らに、あのように豊かで浅黒い魅力を与えたのでした。

 

恐らくこのような人々は、我々の衣服のどれをとっても長く着れないし、また生活して行けないでしょう。

彼らにぴったりの衣服は波の花、もしくは、木立の花や葉から作った花飾りなのです。

 

あたかもエデンの園

そよ風が、肌の褐色と木々の緑色を、心地良く混ぜ合わせます。

 

若々しく柔らで薄い琥珀色の頬(ほお)が、真っ赤な血液の流れで紅潮する中で、

彼女たちは、島々の匂いがする常緑樹の花輪で飾られるのです。

 

この光景を見たあなたは、それが私たち欧米社会の詩歌の世界と同じだ、と気付くでしょう。

そしてまたそれが、エデンの園にある甘い自然のままの優雅さ、であることを知るでしょう。

 

(次回に続く)

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.

 

 

151 カアラとカアイアリイ:(5) カアラの甘い香り

(前回からの続き )

ひときわ輝くカアラ

この島々の恐れ多き大王の前に、大勢の若い女性たちが集まっていました(*1)。

そのなかで、ひときわ輝いていたのがカアラ、 「甘い香りの娘」でした。

 

彼女の15の太陽は、彼女の甘い褐色の顔を、柔らかい黄金色に輝かせ始めたところでした。

そして、彼女の大きくて丸い優しい目は、やがて衰え消えゆく炎を、未だ知りませんでした。

 

彼女は、木の葉のパーウーを身に着けていました(N.1)。

 

しかし、首や両腕など彼女の若い体はどこも、柔らかく艷(つや)やかに輝いていました。

その輝きは、あたかも夜空に昇りはじめた月のようでした。

 

フラグランス(芳香)の女

彼女の肌は、若さ溢(あふ)れんばかりに輝いていました。

 

そのほのかで健康的な匂いは、木立に咲き誇る花々と混じり合いました。

こうして彼女が漂わせる香りは、その名もふさわしく 「フラグランス」 と呼ばれました。

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) 木の葉のパーウー (leafy pa-u) : 

 

 

パーウーはハワイ語で、女性が腰に巻くサロン(腰巻)やスカートです。このパーウーの素材の中で最も一般的だったのは、カパ(kapa)と呼ばれる樹皮から作った布です。

一方、本文では "leafy pa-u"と記されているので、素材は木の葉です。木の葉の中でも最もポピュラーなのは ティー・リーフ(t-leaf)で、フラのスカートなどにも使われています。

 

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 15.Kaala and Kaaialii, A Legend of Lanai, W.M. Gibson, p.156-180.