夢の国ハワイの昔話

ハワイには長く口承されてきた昔話があります。ここでは、それらを少しずつご紹介していきます。

057 ヒクとカウェル:(12) カウェルの目覚め

(前回からの続き)

カウェルの目覚め

カウェルは遂(つい)に意識を取り戻しました(*1)。

そして愛するヒクが彼女の方に、優しく身をかがめているのを見て

唇を開いてこう言いました。

「私を置き去りにするなんて、どうしてそんなに冷たくなれるの?」

 

「死者の世界」の記憶が消えた

ルア・オ・ミル(死者の世界)と、そこでの彼(ヒク)との出会い、それら全ての記憶が、彼女の頭の中から消え失せてしまったのです。

そして、死の数日前に意識を失ったが、その直後に再び意識を取り戻した、とみなされたのでした。

 

ホルアロアの人々は大喜び

ホルアロアの人々の心は、大変な喜びに満ち溢(あふ)れていました。

美しいカウェルと英雄ヒクを囲んで、2人の帰還を歓迎することが出来たからです。

 

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そして彼女は、二度と彼から離れることは、ありませんでした(N.1)。

(終わり)

 

(ノート)

(N.1) ルア・オ・ミルの場所( Location of the Lua o Milu):

原文では、お話しの本文(上記)の後に、「ルア・オ・ミルの場所」 という解説文が付記さていますが、ここでは省略します。

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu, J.S. Emerson, p.43-48.

 

 

056 ヒクとカウェル:(11) ロミロミと生命の息吹

(前回からの続き)

 

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かけがえのない荷(カウェルの魂)を携えて、彼らはホルアロアの海岸に戻って来ました(*1)

上陸するとすぐに、ヒクは愛する人の体がまだ置かれている建物に行きました。

 

カウェルの魂を肉体に閉じ込める

その体の横に膝まづくと、彼は左足の親指に1つの孔(あな)を開けました。

 

そしてその孔の中に、四苦八苦しながら、嫌(いや)がる魂を押し込みました。

彼はそれから、魂の必死のもがきにも拘(かかわ)らず、傷口に包帯をしてしまいました。

 

そのため、今や魂は逃げ出すことが出来ず、

冷たくてべとべとした肉体の中に、閉じ込められてしまったのです。

 

ロミロミが生命の息吹をもたらす

それから彼はその足に、ロミロミ、すなわち、擦(こす)りマッサーをし始めました(N.1)。

こうして少しずつ魂を体の上へ上へと動かして、脚まで持って行きました。

 

そして魂が心臓に行き着くと、体中の至る所で再び、ゆっくりと血液が流れ出しました。

やがて肺が緩やかに膨らみ始めて、生命の息吹である呼吸が始まりました。

 

そして間もなくすると、魂は興味津々(きょうみしんしん)な様子で、2つの目を通してじっと外を見つめたのでした。

 

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(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) ロミロミ( lomilomi):

ロミロミとは、古くからハワイに伝わる伝統的なマッサージをすることです。このロミロミは、ほとんどの病気に効くだけでなく、死の瀬戸際にある人を救うことも出来る、とも言われています(*2)。

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu, J.S. Emerson, p.43-48.

(*2) R. Makana Risser Chai(2005): Na Mo'olelo Lomilomi; Traditions of Hawaiian Massage and Healing, Bishop Museum Press.

 

 

055 ヒクとカウェル:(10) カウェルの霊を連れ戻す

(前回からの続き)

王の許しで 2人でブランコに乗る

ヒクとカウェルはお互いに、相手が愛する人であると気付きました(*1)。

 

そこでミル王のお許しを得ると、彼女は矢の如く彼の元へ飛んで行きました。

そしてコワリ(ブランコ)に乗ると、彼と一緒に揺らせたのでした。

 

しかしその彼女さえも、死体のような彼の悪臭には、顔をそむけざるを得ませんでした。

 

ブランコを引き上げる

2人は一緒に、この大好きなハワイの娯楽、レレ・コワリを楽しんでいました。

 

この時、海面上のカヌーにいた仲間たちは、予(あらかじ)め決めてあった合図で、

彼の作戦が成功したことを知りました。

 

そして仲間たちはその時、2人を素早く引き上げていました。

 

蝶(ちょう)のように飛ぶカウェルを捕える

彼女は最初、引き上げられていることに、気付きませんでした。

この遊びに夢中になり過ぎたのです。

 

しかし、はるか下に見える死者の世界から、遠く離れてしまったことを知ると、

彼女はようやく目覚めて気を引き締め、自己を制したのでした。

 

そして彼女は蝶のように飛び回り始め、行方を眩(くら)まそうとしました。

 

しかし抜け目の無いヒクは、ずーっと彼女を監視し続けていました。

そして、半割れにしたココナツ・シェルをパチンと叩(たた)き合わせて、その中に彼女を閉じ込めてしまいました。

 

それから彼は、すぐ上に浮ぶカヌーに、素早く引き上げられたのでした。

(次回に続く)

 

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(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu,  J.S. Emerson, p.43-48.

 

 

054 ヒクとカウェル:(9) 死者の世界

(前回からの続き)

死者の世界に入る

やがてヒクは、とてつもなく大きな洞窟に入りました(*1)。

そこには、死者たちの霊が寄り集められていました。

 

ヒクが霊たちの間に入って行くと、彼らは好奇心にかられました。

「一体、この男は何者なんだろう?」

 

ヒクの悪臭がミル王をだます

ヒクの耳には、あれこれ噂する声が聞こえて来ました。

たとえばこんな風に、

 

「ヒャー!この死体。何と言うひどい悪臭を放つんだ!」

「奴は間違いなく、死んでから大分経っているぞ。」

 

彼は悪臭がする油を、かなり塗り過ぎてしまったのでした。

 

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土手の上にはミル王が座り、群がる霊たちを監視していました。

しかしその王自身さえも、このヒクの悪臭戦略に、すっかり騙(だま)されてしまったのでした。

 

何故(なぜ)って、もしそうでなければ、王は決してヒクを許さなかったはずですから。

この薄暗く陰気な王の棲家(すみか)に、大胆にも生きた人間が下りて来るなど、あり得ないことなのです。

 

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カウェルの霊がヒクを見つめる

ところで、ここで気を付けたいのは、ハワイのブランコは私たちのとは違う、と言うことです。

 

ハワイではロープは一本しかなく、それが十字に組んだ棒を支えています

そしてこの十字の棒の上に、ブランコに乗る人が座るのです。

 

さて、ヒクと彼のブランコは、見物していた霊たちから、大変な注目を浴びました。

 

その中でもある一つの霊が、無我夢中でじっと彼を見つめました。

そうですその霊こそが、彼の愛するカウェルだったのです。

(次回に続く)

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu,  J.S. Emerson, p.43-48.

 

 

053 ヒクとカウェル:(8) 地の底に向けて出発!

(前回からの続き)

海の果てに着く

山のように荷物を積み込んだカヌーに乗って、
ヒクは仲間たちと一緒に出発しました。

めざすは、はるか彼方の海の一点、
大空が上から下りて来て、海と出会う所です。

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その地点に着いた彼は、これから苦楽を共にする仲間たちに命じました。

「さあ、私を『地の底』へ下(おろ)してくれ!」

「地の底」とは、ハワイの人々が 「ルア・オ・ミル」と呼ぶ地です(N.1)。

 

ブランコに乗っで「地の底」へ出発!

彼はココナツの殻を手に持っています。

そしてブランコ、すなわちコワリ、の十字に組んだ棒に、またがるように座っています(N.2)。

こうして彼は、コワリの蔓(つる)で作った長いロープに吊られて、下へ下へと素早く降ろされて行きました。

ロープのもう一方の端は、彼の頭上に浮くカヌーのなかで、友達たちが握っています。

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) 地の底(abyss)、ルア・オ・ミル(Lua o Milu):

上の文によると、「地の底」をハワイ語で表記したのが 「ルア・オ・ミル(Lua o Milu)」です。

ここで、lua = [英語]hole,pit = [日本語](竪)穴,(古/文)地獄、また、Milu は死者の世界の支配者(王)です(詳細は本ブログの前々回 (051:(6) 真の愛がヒクを動かす)参照 )。

従って、Lua o Milu = ミル王が支配する穴(地獄) = 地の底(abyss) = 死者の世界(the nether world)、と言えます。

(N.2) コワリ(kowali):

ブランコのことを、ハワイ語で「コワリ」と言います。なお、ブランコを吊っているロープの材料名もまた「コワリ」で、こちらは蔓性植物セイヨウヒルガオ(convolvulus)属のハワイ語名です。

ハワイのブランコは、私たちが乗っているブランコとは少し構造が違います。詳しくは次回を参照下さい。

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(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu, J.S. Emerson, p.43-48.

 

 

052 ヒクとカウェル:(7) コワリのつると死臭のオイル

(前回からの続き)

コワリの蔓(つる)を集める

ヒクは、カウェルの友達たちに手伝ってもらいながら、

山の斜面から膨大な量のコワリ、すなわちセイヨウヒルガオ属の蔓(つる)、を集めました(*1)(N.1)。

 

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ココナッツの殻を用意する

彼はさらに、中空のココナッツの殻(から)を1つ用意しました(N.2)。

殻は2つに割られ、割口が隙間(すきま)無くぴったり合うように、整形されています。

 

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ヒクの体から死臭が漂う

それから自分自身を清めようと、腐ったような臭いを放つ、ココナツ油とククイ油の混合物、を体に塗りました(N.3)。

すると彼の体から、まるで死体のような強烈な悪臭、が漂うようになりしました。

 

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(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1) コワリ(kowali):

コワリは、ヒクが集めた蔓(つる)性植物のハワイ語名で、セイヨウヒルガオ(convolvulus)はその学名(属名)です。従ってハワイ語名コワリは、セイヨウヒルガオ属に含まれる数多い種の総称と言えます。

なお、以前はセイヨウヒルガオ属の種だった"Convolvulus cairicus"は、その後、学名が変わり"Ipomoea cairica"と呼ばれています。

 

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(N.2) 中空のココナッツの殻(hollow cocoanut shell)):

ココナッツはココヤシの果実です。この果実は、外側を覆う繊維質の厚い殻(shell)と、その内部にある大きな種子から成ります。そして種子は、周縁部の固形胚乳および中心部の液状胚乳から成り、各々、生食用やヤシ油の原料、および飲食用等として利用されます。

ここで言う、中空のココナッツの殻とは、上記の果実から種子を取り除いた残りの部分、を指すと思われます。

(N.3) ククイ油(kukui oil):

ククイ油は、ククイの木の実から採った油で、容易に酸化して臭(くさ)くなります。

ククイナッツ・レイに魔除け効果があるとされるのは、この臭い匂いのお陰です。

 

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(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales, Ⅴ. Hiku and Kawelu, J.S. Emerson, p.43-48.