夢の国ハワイの昔話

ハワイには長く口承されてきた昔話があります。ここでは、それらを少しずつご紹介していきます。

186 アイ カナカ:(1) 港を監視するヘイアウ


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(新しいお話の始め)

ハワイ最大のヘイワウ

 

 

モロカイ島の風下側、カルアアハのほんの少し東に、美しいマプレフ渓谷があります(*1)(N.1)。

そしてその渓谷の河口には、イリイリオパエのヘイアウ(神社)があります。

 

 

このヘイアウは、アイ カナカ港、現在は「プコオ」の名で知られる港、を直接監視するために、モイ(統治者)であるクパの命により建立されました。

 

それは何世紀も前のことですが、当時、モイであるクパは、マプレフとカルアアハと呼ばれる、2つのアフプアア(土地区画)をまとめて統治していました。

彼は自ら建立したこのヘイアウの中に、自分の住居を設けていましたが、そのヘイアウはハワイの島々全体を見ても最も大きいと有名でした。

 

いたずらっ子が忍び込む

クパにはカマロという名前の神官がおり、彼はカルアアハに住んでいました。

 

この神官には2人の男の子がいましたが、彼らはまさにいたずらっ子そのものでした。

ある日、王がちょっとした魚釣り旅行で家を留守にすると、彼らはチャンスとばかりに、ヘイアウの中の王の家を覗(のぞ)きに行きました。

 

そして神殿のパフ カエケを見つけると、それを叩(たた)き始めました(Fn.(1) )。

 

 

(原文の脚注)

Fn.(1) パフ カエケ(pahu kaeke): 

パフ カエケはドラムの一種で、ココヤシの木の幹(みき)の一部分を切り出して、内側をくり抜いた後、片方の端面に鮫(サメ)の革を張って作られました。

 

 

通常2つ1組で使用され、一方が他方よりも大きかった点は、文明国のドラムに低音用と高音用があるのと、どこかしら似ていました。

2つのドラムのうち1つは演奏者の横に置き、また演奏に際しては、両手を使って指先で叩(たた)きました。

秘伝を授けられた人だけが知る、特殊なドラム演奏法を使えば、たとえどんなことであろうと、一言も声を出して口にせずに、秘伝を授けられた聞き手たちに伝え得る、と言われています。

(次回に続く)

 

(ノート)

(N.1)著者の紹介:フォーブス (Anderson Oliver Forves)(*2)

フォーブスさんは1833年ワイ島カアワロア(Ka'awaloa)で生まれました。この地は1779年、キャプテン・クックが殺されたことで有名なケアラケクア湾の北端にあり、かつては王族たちが住んだと言われています。

彼はプナホウ学園(Punahou)で学んだ後、米国へ渡りワシントン・カレッジ、プリンストン神学校で学び、牧師に叙任されて1858年にハワイに戻りました。

最初の活動拠点はモロカイ島南東部にあり、その島で最初にキリスト教会が建てられた、カルアアハ(Kaluaaha)でしたから、このお話し(アイ カナカ)の舞台のすぐ近くでした。

 

 

その後、ハワイ各地で布教活動を行った後、1888年米国コロラド・スプリングで亡くなりました。

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales. 17. Ai Kanaka,  A Legend of Molokai,  Rev. A.O. Forbes, p.186-192.

(*2) the Hawaiian Mission Children's Society (1901) : Portraits of American Protestant Missionaries to Hawaii, Honolulu: Hawaiian Gazette Company, p.96.