夢の国ハワイの昔話

ハワイには長く口承されてきた昔話があります。ここでは、それらを少しずつご紹介していきます。

001 荒波を超えて;スラムさんの人生

「ハワイの民話」 の著者

今から百年以上も前の1907年、「ハワイの民話 (Hawaiian Folk Tales)」 が出版されました(*1)。

さらに1923年には、同じシカゴの出版社からその続編が出ました。

著者はいずれもスラム(T.G.Thrum)、ハワイ歴史学会の創設者の一人です。

 

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ここでは、このスラムさんの波乱万丈の人生をご紹介しましょう(*2)。

 

1842年オーストラリアで生まれる

スラムさんは1842年、オーストラリアのニューキャッスルで生まれました。

父は船大工のイングランド人、そして母はスコットランド人でした。

 

そして曽祖父(ひいおじいさん)は、何と、ハワイ諸島発見者の1人でした。

というのは、キャプテン・クックがハワイ諸島を発見した時、曽祖父はクックの船団の乗組員だったのだそうです。

 

11歳でハワイに到着

9歳の時、スラムさんの家族はタヒチに向かいました。

両親はさらにハワイ・ホノルルまで進みましたが、彼は親戚の人たちとタヒチに残りました。

 

そして2年後、11歳でホノルルに向かい、両親と合流しました。 

 

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捕鯨船に乗る

1858年、スラムさんは捕鯨船に乗り込み、キャビン・ボーイとして働きました。

その後、捕鯨船の中でも最も危険な任務と言われる、「銛(もり)打ち」になりました。

 

サンフランシスコで結婚

そして1863年、サンフランシスコに渡ると、約2年間、家の塗装や看板書きをしました。

米国女性アンナ・ブラウンと結婚したのは、この時期でした。

 

文房具販売から 「スラム年鑑」出版へ

その後スラムさんはハワイに戻り、1870年には文房具販売を始めました。

そして本や文房具を調達するため、頻繁にサンフランシスコに通いました。

 

サンフランシスコに着くといつも、彼はハワイについての質問攻めに合い、その対応に大忙しでした。

そこで彼は、ハワイ情報を掲載した小冊子を作ろう、と思い立ったのでした。

 

1875年、スラムさんは約50ページの小冊子、「ハワイ年鑑(The Hawaiian Annual and Almanac)」を出版、約600部を売りました。

 

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この年鑑は、版を重ねると共に広く世に知られ、「スラム年鑑(Thrum's Annual)」 の名で親しまれるようになりました。

彼が亡くなる前の数十年間、その厚さは当初の数倍、販売部数は数千部に増加し、ハワイで最も重要な年鑑の一つになっていました。

 

マークトウェンとも交流

80年近くホノルルに住んだスラムさんは、海外からの著名な来訪者と友達になることも、少なくありませんでした。

「トム・ソーヤーの冒険」で知られる米国作家、マーク・トウェイン(Mark Twain )もその1人でした。

 

スラムさんはちょうど90歳を迎える1932年、プナホウ・スクールに近い息子さんの家で亡くなりました。

 

(注記)

(*1) Thomas G. Thrum(1907): Hawaiian Folk Tales.

(*2) The Honolulu Advertiser(1932), Honolulu,Hawaii, 22 May 1932, Page 1,14.